最近、メタボリック症候群(Metabolic syndrome)という用語が医学誌、医学界を賑わしています。 肥満、特に“内臓脂肪蓄積型肥満がインスリン抵抗性を介して心血管系疾患の元凶(悪玉)となっている”との知見にもとづいて生まれた概念を意味しています。 肥満は、余剰のカロリーが脂肪組織として身体(皮下、あるいは内臓の周りに)に蓄積することにほかなりませんが、近年の研究により、「脂肪組織はたんにカロリーの貯蔵タンクというより、代謝異常を惹き起こすさまざまのホルモン、活生物質を生成、放出している内分泌組織である」ことが明らかになってきました。 例えば脂肪細胞のつくるTNF-α(腫瘍壊死因子)は遊離脂肪酸などと共にインスリン抵抗性に加担しており、脂肪細胞由来のアディポネクチン(※1)は抗アテローム動脈硬化症の働きをもつこと、したがってアディポネクチン分泌が低い状態(低アディポネクチン血症)ではアテローム硬化症に成り易いことが分かってきました。
(※1)アディポネクチン 脂肪細胞から分泌される244アミノ酸の分泌蛋白ホルモン。動脈硬化、糖尿病の発症を抑制する生体防御ホルモンであり、過栄養によって分泌不全(低アディポネクチン血症)が起こる。
これまでいわゆる生活習慣病の主要な候補疾患である脳卒中や心筋梗塞(冠動脈疾患)など、アテローム動脈硬化の“なれのはて”とも言うべき疾患の危険因子を総括する概念としてシンドロームX、死の四重奏、あるいはインスリン抵抗性症候群が提唱されてきました。これらの症候群の特徴的な異常は次のように要約されています。
シンドロームX (Reaven GM, 1988)
死の四重奏 (Kaplan NM ,1989)
インスリン抵抗性症候群 (American College of Endocrinology, 2003)
次のうち少なくとも1つ
以上に加え、次の基準の少なくとも2つ
提唱者によりどの代謝異常により比重をおくか多少異なっています。ここでは、代表的な3つの提案をあげます。
メタボリック症候群の臨床的確認事項 (ATPIII, 2001)
これらの6項目を特徴とし、臨床的にはすくなくとも次の3項を満たす状態
メタボリック症候群の基準(WHO ,1999)
且つ次のいずれか2項目
メタボリック 症候群の基準を満足する群では、たしかに心血管障害の危険が高いことを示す疫学調査成績が報告されています。 たとえば、アメリカのWISE:冠動脈造影のため紹介された755例の女性に発症した心血管障害の頻度を検討した追跡調査においてメタボリック症候群をもつと判定された女性は、もたない群にくらべ4年生存率が有意に低いことが示されています。 また冠動脈造影上、>50の狭窄所見が1つ以上の群について検討すると,、心血管障害リスクが有意に高いことが明らかにされています(図.4)。
図.4 冠動脈造影で>50%狭窄をもつ女性の4年生存および非致死的心筋梗塞、卒中、心不全を免れた
近年、「アテロ-ム硬化症、脂質異常血症、あるいは2型糖尿病は, 慢性の軽症炎症-生来の免疫系の賦活状態にある」との仮説が脚光を浴びています。 この仮説は、最初2型糖尿病では、炎症の急性期反応物質、インターロイキン-6(IL-6)が上昇している事実の観察から提唱されました(Pickupet al. 1997,’98)。 では生来の免疫系と, なにを指すのでしょうか? それは「生体が微生物感染、あるいは物理的、化学的損傷などの脅威に対抗してまず最初におこる防御機構」を指しています。 この反応機構は、これまでB細胞やT細胞が動員される後天性の適応免疫系の陰に隠れ、あまり注目されませんでした。 生来の免疫系にはどのような因子が働いているのでしょうか?
まずこの免疫系に関わる細胞をあげますと、
などで、 これら細胞表面には、病原体特異の分子構造パターンを認識する受容体(PPRs)が組み込まれています。 つまりこの受容体を介してトラブル-発見者として病原体(例えば、細菌のリポ多糖類を認識する)を見つける役割を果たしています。 そして病原因子と受容体が結合すると、次に第2の炎症-免疫反応が賦活され、TNF-αシグナル系の活性化がおこり、IL-6などのサイトカインが放出されます(図.5)。
図5
生来の免疫系の働きには、 個人の栄養状態の変化・身体活動・年令・代謝状態・遺伝傾向などが関係すると言われています。 またサイトカインは、肝臓における急性期反応物質(CRPのほか、血液凝固に関わるフィブリノーゲン・プラスミノーゲン・アクチべーター・インヒビター:PAI-1)の生成を増加させる一方、神経内分泌系、とくに視床下部―下垂体-副腎系、交感神経を刺激し、ACTH-コルチゾールやカテコールアミン分泌を賦活します。 またCRPは、血管内皮由来の粘着因子、化学的誘起物質の放出、大食細胞へのLDL取り込みの促進を介してアテローム硬化作用を促すものと考えられています(図.6)。
図6